リウマチ倶楽部 創刊される

2001年10月、創刊号01


「リウマチ倶楽部」の発刊にあたって
松山赤十字病院リウマチセンター  所長
山本 純己

 松山赤十字病院リウマチセンターは1980年に開設されましたので、はや20年が経過したことになります。今から20年前と言いますと、我が国ではリウマチ性疾患の患者さんを一貫して診療するという病院は全国何処にもなかったといえます。そのころ、松山赤十字病院の名誉院長の土屋定敏先生(残念ながら先日なくなられました)が松山にそれをつくりなさいということで、私が岡山大学よりよばれ発足しました。

 当時はリウマチ科の標榜ができなかったので、診療科の名称をどうしようかと迷いましたが、名誉院長さんと二人で考え「リウマチセンター」がよかろうということで決定したいきさつがあります。したがって、リウマチセンターという呼び名には非常に愛着があり、当時のリウマチセンターが第一号といえます。その後全国各地の病院や大学の先生方が当センターを見学に来られて、良いところも悪いところも見学され、全国各地に次々と「リウマチセンター」が開設されることになりました。

 これには、我々のリウマチの患者さんに対する2つの基本的な考え方が全国的に受け入れられたと考えています。その一つは、リウマチの診療は内科的とか整形外科的といった、どちらかというと片寄った診療をするのではなく、リウマチを総合的にしかも、現在ある治療手段の全てを使って、最高レベルの治療法で患者さんを全面的に支援するのだ、という考え方です。第2はリウマチのチーム医療です。これはリウマチ患者さんの治療には医師だけでなく、看護婦さん、PT,OTをはじめとしてソーシャルワーカーや一般のボランティヤの方とのチーム医療が大切であり、そのことも広く訴え、ようやく理解されるようになってきたといえます。

 さて、数年前から、当センターで私たちが開発してきた人工膝関節(児玉・山本式人工膝関節)の手術を受けた患者さんを中心に、もう1000人以上もここ松山で手術を受けたのだから(これは全国で最も多いと思います)手術患者の会を作りたいという話が持ち上がっていました。その必要もなかろうということで放置していたのですが、今回、松山赤十字病院リウマチセンターで治療を受けている患者さんを中心に、それを支援する人たちを含めてリウマチ倶楽部が数人の世話人と島田廣子さん(この人も会員の一人)たちの支援で発足したとのことで、倶楽部誌に序文を書いているところです。

 「リウマチ倶楽部」を通じて、お互いに夢を語るもよし、体験を語るもよし、近況を報告するもよし、多彩で楽しい倶楽部誌になることを期待してます。

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